映画「英国王給仕人に乾杯!」

刑務所から出所した年老いた男は廃墟で自分の過去を語る。
若き日にはチェコで給仕人として大きな成功を収め、しかし同時に目標や愛など多くのモノをも失ってしまう。彼は長い年月をかけて自分の人生と対峙し、生きる意味と出会うことになるのである。

「英国給仕人に乾杯!」の魅力は第二次世界大戦という重い時代背景を扱いながらも戦争を非日常ではなく「身近にあるもの」として描いた点だ。登場人物たちはユーモアもふんだんに使いこなし、どこからくるんだその軽快さは、と言いたくなるような主人公ヤンの生き様には思わず笑いがこみ上げてくる。しかしそんなまるで冗談を言い合っているようなリズミカルな雰囲気のなかで「自分ではどうすることもできない激動の時代」というテーマを語っているのがこの作品の特徴である。

ヤンの人生は駅のソーセージ売りから始まり、ホテルの見習い給仕人となり役職が上がっていき主任として仕事では出世街道を歩いて、たちのわるい男たちに絡まれていた女性リーザを偶然助けたことから運命的な恋も掴み取り順風満帆。に見えたものの、しかし彼の人生は常に幸福と不幸が隣り合わせであり、戦争が進むにつれ人種の溝が深まり給仕人をやめることになる。そこから彼の人生は時代に大きく揺り動かされていくのだ。

回想の中の若きヤンの、小銭をばら撒いて周囲の反応を観察するシーンは印象的だ。
もしそんなことを目の前でやられたら悪趣味だ、と思うかもしれない。
しかし例えば小銭を拾った貧乏な人間がそのお金で一日でも長く生きながらえるとしたら誰がヤンの行為を咎めることが出来るのだろうか。
どんなに悪意に満ちた優越感に浸りたいだけの行為であっても、善と悪は紙一重なのだ。
生きていく上で必要なのは生きるという強い意思だけなのかもしれないと映画の様々なシーンで感じることができる。揺れ動く時代の中でヤンが生き残ったのもどんなことがあっても何をしてでも「生きる」という思いがあったからなのだろう。

そんなチェコ映画らしい反骨精神と気高い思想を感じられる力強いストーリーはもちろん、登場人物たちの思いを語るにふさわしい音楽も必見である。完成するまで2年もかけたというアレス・ブジェジナの音楽はまさに言葉だけでは補うことのできない登場人物たちの感情を強く表現している。

そしてなにより、ヤンを演じた二人の俳優には圧倒される。
イヴァン・バルネフは若き日のヤンを若さゆえの軽快さと恋や時代に翻弄される苦悩を見事に演じた。老いたヤンにオルドジフ・カイゼルは生きる価値の重みを刻んでいて、この2人の俳優だからこそ魅力あふれるヤンを表現できたのだと思う。

この映画は時代の荒波に翻弄され苦悩し人生のどん底に落ちてもそれでもなお自分の道を進むことの美しさを感じさせるストーリーと、綺麗なだけじゃない、見栄を張り生きる強さを持つヤンたちの眩しいほどの生命を感じる人間臭さにくらくらと魅了させられる。
生きる意味というものは生き抜いた後にあるものではないのだろうか、この映画を見てそんなことを思った。