 |

 |














 |
 |

録音のルネ・ルヴェールは、「はなればなれに」以降「ウイークエンド」までのゴダールの8作品を連続で担当ししたのち、「夜霧の恋人たち」以降のトリュフォー作品、フィリップ・ガレル作品などでも活躍。編集のアニェス・ギユモは「小さな兵隊」から「ワン・プラス・ワン」に至るゴダール作品を手がけるほか、トリュフォー、ジャン=シャルル・タケラからグザヴィエ・ボヴォワ、パトリック・オリニャクといった気鋭の監督の信頼を受けている。「ウイークエンド」では、自動車の暴走シーンでは、映写ミスが起きたかのような編集を行なったり、映画学校では編集技法として犯してはいけないとされる<つなぎ間違い>を堂々と実践してみせるなど、常識を次々にくつがえし、映画文法を破壊していく。スクリプトのシュザンヌ・シフマンはソルボンヌ大学で美術史を専攻していたが、シネマテーク通いでゴダール、トリュフォー、リヴェットらと知り合い、映画の世界へ。ゴダール作品では「小さな兵隊」、「恋人のいる時間」(64)に続き「ウイークエンド」でスクリプターを務めた。トリュフォーの「ピアニストを撃て」(60)以降殆どの作品や、リヴェットの短編『ル・カドリーユ』(50)、「パリはわれらのもの」(58)にもスクリプトや助監督として参加。70年のリヴェットの『アウト・ワン』以降では脚本にも参加。「アメリカの夜」でアカデミー賞にノミネート、「終電車」(80)ではセザール賞を受賞。87年から監督にも進出していたが、2001年に逝去。チーフ助監督のクロード・ミレールは、IDHECで映画を学んだあとマルセル・カルネの『マンハッタンの哀愁』(65)の助監督として映画界へ。「彼女について私が知っている二、三の事柄」に出演し、ブレッソン、トリュフォー作品にもスタッフとして参加した。監督作に「死への逃避行」(83)、「なまいきシャルロット」(85)、「小さな泥棒」(88)、「伴奏者」(92)、「オディールの夏」(94)、「リュミエールの子供たち」(95)、「ニコラ」(98)などがある。 |
|