転換点に立つゴダール
■浅田彰氏トーク・イベント 抜粋レジュメ
[2002年8月31日(土)「JLG/自画像」上映後のユーロスペースにて]
今日は、ジャン=リュック・ゴダール監督の「フレディ・ビュアシュへの手紙」と「JLG/JLG」(邦題「JLG/自画像」)の2作品を見ていただいた後でお話をするわけですが、短い中にもたくさんの情報がぎっしり詰まった高密度の多面体のような映画を見ていただいた後では、それについて今さら話をしてみたところで蛇足にしかならないような気もするんですね。また、この作品については、『映画の世紀末』(新潮社)という本で松浦寿輝と、また今回のパンフレットで蓮實重彦と語っていて、新たにお話しすべきことがあるかどうかわかりません。しかし、映画を受けとめた後で、自分で考え、人と語り合い、望むらくはもう一度映画館に足を運んで見なおしていただく、そのために多少なりともヒントになるようなことが言えればそれでいいのではないか。そういうことで少し即興的にお話してみたいと思います。
今年は「JLG/自画像」のみならず、最新作の「愛の世紀」に至るまで、ゴダールの新旧の作品が次々に公開され、ファンは嬉しい悲鳴をあげていると思います。その要因としては、やはり、90年代ゴダールの大作中の大作である「映画史」がまとまって、ここユーロスペースでも上映され、ヴィデオやDVDでも見られるようになったことが大きいのではないか。それでふたたびゴダールに関心が集まり、昔の作品から最近の作品にいたるまでさかんに上映されるようになってきた。「映画史」以後のゴダール再発見が進んでいるのだと思います。
●小さな美しい結晶「JLG/自画像」
ゴダールの「映画史」というのは、エズラ・パウンドの『キャントーズ』やヴァルター・ベンヤミンの『パッサージェンヴェルク』のような作品であるとパンフレットに書きました。実際、あまりにも巨大であるがゆえに、たんに好きな作品であるとは言いにくい。フィリップ・ソレルスが「映画史」はゴダールの「ミサ・ソレムニス」のようなものだと言っていましたが、ベートーヴェンでいえば、そういう大作に対し、ピアノ・ソナタ32番や、弦楽四重奏曲15番は、小さいけれども本当に美しく、「ぜひ聴いてほしい」と言いたくなる作品です。そのような意味で、91年の「新ドイツ零年」と94−95年の「JLG/自画像」の2つは、「映画史」の時代のゴダールの最良の部分を煮詰めて高密度の結晶にしたような作品、「ぜひ見てほしい」と言いたくなる美しい作品だと言えるでしょう。
この2作品は、個人的にも大好きでした。特に「JLG/自画像」は、95年12月にパリで見たんですが、そのときの印象は忘れることができません。当時、フランスで大々的なストがあって、ほぼ1ヶ月くらい完全に公共交通機関が麻痺し、タクシーもなかなか拾えないので、みんなパリ中を必死で歩き回った。そうやって凍えながら映画館にたどり着いたわけです。その頃、エジプトの映画監督のユーセフ・シャヒーンが原理主義者に攻撃されて作品が公開できないという目に遭っていたため、ゴダールはシャヒーンの作品を公開する口実として自分の作品を使おうと言い、シャヒーンの「カイロ」とゴダールの「JLG/自画像」が併映されました。しかし、映画館にそのことは何も書いていないんで、「JLG/自画像」を見るつもりで席に座っていざ映画が始まると、ナイル河らしきものが映っていて、みんながお祈りなんかしているものだから、ホールを間違えたのではないかと不安になる・・・。その「カイロ」というシャヒーンの作品の後で「JLG/自画像」が始まったんです。交通ストで麻痺した寒い寒い12月のパリで、こうやってひそやかに上映された「JLG/自画像」に、僕は深い感動を覚えました。その後リヨンに行く用があったんですが、リヨンとニヨンは一字違いだからといって、用もないのにスイスのレマン湖畔のニヨンまで足を延ばし、ゴダールの住んでいる隣町のロールまで行って、この映画でゴダールが歩いているレマン湖畔を歩いた思い出があります。
●美しすぎないか、格好よすぎないか、ゴダール
90年代のゴダールというと、何と言っても「映画史」ですが、それが巨大な大全(スンマ)として聳え立っているとすれば、そのエッセンシャルな部分を高密度の結晶にした「新ドイツ零年」と「JLG/自画像」は、僕にとって、そして多くの人にとって、本当に好きな作品と言える小さな美しい結晶だと思います。というか、何度か見ると、ちょっと美しすぎるようにさえ思えてくるんですね。この作品は、ゴダールの「自画像」ということになっているんですが、ゴダールは、自分のレクイエムの後、いわば亡霊のようになって語っている。そして、映画史に体現される歴史の終焉に立った私こそが、ヨーロッパの偉大な芸術の歴史のすべて、文学だとフローベールやドストエフスキー、絵画だとフェルメールやセザンヌ、それらすべてを集大成したものを身をもって引き受け、そのわが身を犠牲にすることによってこの地上に愛をあらしめるのだ、と言わんばかりの、ヘーゲル主義的、さらに言えばカトリシズム的な大見得を切ってみせる。要するに、「俺はキリストだ、俺を見ろ」と言うに近いところすらある。一種「キリストのまねび」とも言えるこの大見得は、さすがにやりすぎではないかと思われる節があって、そのあたりが、たしかに否定しがたい美しさをもったこの映画の評価を微妙なものにしていると思います。
そこで強調しておきたいのは、たしかに壮麗な西洋芸術の総体が万華鏡のように散りばめられてはいるけれども、ゴダールがそれを正しく継承し体現しているわけではないということですね。彼は、バランスのとれた「文化人」ではなく、例外としての「芸術家」−−アントニオ・ネグリの言葉を借りれば「野生の異例者」として、通読したこともない本の一節、たまたま気にかかった映画の一こまに、ほとんど意味もなくこだわり続けているに過ぎない。実際、「映画史」を何度か見て、また「JLG/自画像」を見ると、出てくるのはほとんど同じ引用でしかないんですね。非常に限られたカードを何度も何度も切っているわけです。実は、それは最近に限ったことではなく、ごく初期からそうだったと言っていいかもしれない。「勝手にしやがれ」でモーリス・ブランショの本が出てきたり、「気狂いピエロ」でエリ・フォールの本が出てきたり。普通、映画は映画なんだから、本なんかを出すのは文字通りブッキッシュでダサイとされるわけですが、ゴダールは初期からそういうものを平気で出していた。しかも、だいたい同じカードばかり切り続けてきたわけです。そしていまも、レマン湖畔の小さな自宅兼スタジオの中で、決して包括的でもなければバランスがいいわけでもない限られたカードの束、どんどん貧しくなるカードの束を何度も何度も切っては、しかし、その反復を毎回まったく新しいものとして生き生きと見せてくれるんですね。
●一瞬一瞬が緊急事態
そこで頭に浮かぶのが「フレディ・ビュアシュへの手紙」の最初のところです。これはローザンヌの市制500年を記念する短編で、ローザンヌの付近の道でロケをしていると、警察が来て、「ここは緊急事態のときしかクルマを止めてはいけない」と言うんですが、それに対しゴダールが「いや、今こそ緊急事態だ、この光は10秒しかもたないんだ」と言うんですね。urgenceという言葉で示される危機感、「いま・ここ」の光をただちに映画にしてしまいたいという欲望がゴダールにはあって、それが彼の映画にただならぬ緊張感を与えているのだと思います。同時期の「パッション」の冒頭、青い空を飛行機雲が切り裂いてゆく忘れがたいシーンがあって、これはゴダール自身が特注のアトンのキャメラを担いで撮ったというんですが、どこか不安定に揺れていて、それによって一種の危機感さえ感じさせるあのすばらしい映像こそ、まさにローザンヌの「緊急事態」において撮られていたであろう映像につながるのでしょう。
もちろん、映画というのは、脚本を用意し、配役をし、演出を考えなければいけない。しかし、そんな面倒くさいことはすっとばして、自分が生きている「いま・ここ」をそのまま映画にしてしまいたい。そういうほとんど駄々っ子のような欲望が、ゴダールをずっと突き動かしているのではないか。
その意味でいうと、自分がふだん家にいて、本を読んだり、ヴィデオを見たりしている、そのことをそのまま無媒介的に映画にしてしまった「JLG/自画像」は、そのような欲望を貫徹した究極の“自宅映画”とも言えるでしょう。実際、自宅と近所だけで撮影され、自宅で編集されている。マイナーと言えばこれほどマイナーなものはない。もちろん、精密に計算され、美しすぎるくらい美しく撮られ、一分の隙もなく編集されているわけで、これがマイナーな“自宅映画”だということ自体フィクションであるとはいえ、自分がふだん生きている様子自体をあたかも直ちに作品化して見せたかのような“自宅映画”として提出されているわけです。そのような“自宅映画”としての「JLG/自画像」−−孤独な変わり者の隠棲生活を描いたささやかなスケッチが、きわめて個人的なものであるにもかかわらず、驚くべき普遍性をもって立ち現れてくる。この映画はむしろそういう方向で考えるべき作品なんだと思います。
このように、「JLG/自画像」というのは、歴史の終焉における一種の総合と、「いま・ここ」での私の生活がそのまま映画であってほしいという欲望の両極が、不可能な形で交叉した点に出来上がった、奇蹟的な映画であると言えるでしょう。
●「映画史」と「フォーエヴァー・モーツアルト」
90年代のゴダールは、「映画史」で代表され、その「映画史」的なもののエッセンスを煮詰めて結晶化させたものが「新ドイツ零年」や「JLG/自画像」であると言いました。それはたしかに美しいのですが、これまで述べてきたようなことを考慮に入れても、やはり美しすぎるところがあるのは事実でしょう。僕は95年に「JLG/自画像」を見て非常に感動しましたし、『映画の世紀末』の松浦寿輝との対談でもそれについて熱心に語っているんですが、もともと飽きっぽいものですから、5年以上経ってみると、少し出来すぎではないかという感じもしてくるんです。むしろ、<フォーエヴァー・ゴダール>というシリーズで言うと、現時点の僕は、「JLG/自画像」の後で撮られた96年の「フォーエヴァー・モーツアルト」という映画、支離滅裂に、しかし、恐るべき速度で疾走する物語映画が本当に素晴らしいと思うので、「私のゴダール」アンケートの中では「JLG/自画像」を挙げているにもかかわらず、いまはもう気が変わって、「フォーエヴァー・モーツアルト」を選びたい気分なんですね。「映画史」においてヘーゲル主義的どころかほとんどカトリシズム的とも見える総合をなしとげてみせたゴダール、「新ドイツ零年」、そしてとくに「JLG/自画像」において、遺言とも見える作品を撮ってしまったゴダールが、突然、若々しいエネルギーに満ちた「フォーエヴァー・モーツアルト」を撮る。それから5年ほど経ってまた「愛の賛歌」(邦題「愛の世紀」)を撮る。ヴィデオで色調が変わる後半などは率直に言っていかがなものかと思うし、その意味で失敗作だとは言いましたが、しかし、いわば若い新進映画監督が撮った実験映画かとも見紛うようなものを、「映画史」をはじめとする究極的とも言うべき作品を撮ってしまった偉大な監督があらたに撮ってしまう、そのこと自体が凄いと思うんです。90年代後半以降、総合をこえていわばゼロから再出発するに至った「フォーエヴァー・モーツアルト」や「愛の世紀」のゴダール、老いの果てまで行ったからこそ若さを取り戻したかのようなゴダール、そのようなゴダールに、僕はいまいちばん感動させられるんですね。
そのような転換は、しかし、「JLG/自画像」自体の中にもすでに読み込むことができるでしょう。最初から小さなメモ帳が出てきて、いろいろ書き込まれていった後、後半になると白いページがずっと続く。それと12月の白い雪の風景が対応し、それが最後に美しい春の緑の風景へと変わっていく。ノートの上にありとあらゆる情報が集積され、そこからエッセンスが取り出されるのだけれど、それは最終的に白いページに到達するためだった、言い換えると、白い風景に、そして白い風景の後に現れるであろう新たな緑の風景に到達するためだったかのようです−−しかも、「死を通じた再生」というこれまた弁証法的(さらにはキリスト教的)な構図とはちょっと違う、消尽がそのまま再開につながるといった形で。「JLG/自画像」には「12月の自画像」というサブタイトルがついていますが、1月から12月に至るすべてが集積され、煮詰められ、結晶化される−−ということは、またゼロに戻って、白紙から再出発するということなんですね。
●歴史の転換点を生きるゴダール
その意味において、この「JLG/自画像」という作品は、映画史の、そしてゴダールの個人史の集積点ではあるんでしょうが、決して終点ではなく、そこからゼロに戻るため、練習帳の白紙のページから再出発するためのexercice(練習)なのだと思います。90年代の半ばにこの作品が撮られ、それと平行して「映画史」が完成される。しかし、そこからまた「フォーエヴァー・モーツアルト」や「愛の世紀」に向けて新たなスタートが切られる。ゴダールという映画作家が、大きな歴史の転換点を自分自身の生涯の転換点としても生きているわけで、「JLG/自画像」や「フォーエヴァー・モーツアルト」はそのスリリングな転換点の記録と言うこともできるでしょう。
今日は90年代以降のゴダールについて考えてみたわけですが、振り返ってみれば、ゴダールは59年の「勝手にしやがれ」以後ずっと、疾走し、壁にぶつかって倒れ、また走り出すといったジグザグの軌跡をたどってきたんですね。その意味において、<フォーエヴァー・ゴダール>シリーズで、ゴダールがもっとも過激だった時期の「ウイークエンド」から、もっとも老成したかに見える「JLG/自画像」をへて、また新たな疾走を開始した「フォーエヴァー・モーツアルト」にいたるまで、もう一度まとめて見直すことができたことは、大変大きな意義があったと思います。こうして白紙に戻ったゴダールが、「フォーエヴァー・モーツアルト」から「愛の世紀」をへてさらにどのように変転していくか、皆さんとともに見守って行きたいと思います。
copyright(C) 2002 Akira Asada
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