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8/14 更新 |

小崎哲哉 / REAL TOKYO編集長
「はなればなれに」
アンナ・カリーナ23歳の美しさに加え、1分間ぴったりサウンドトラックをオフにするという、ジョン・ケージばりの過激な実験も行われる。ダンス・シーンも息を呑むばかり。アートとエンタテインメントの幸福な結合だと思います。

鈴木清順 / 映画監督
「勝手にしやがれ」
ゴダールさんはむづかしい、分らない。笑っている。そっちの勝手だ。が、抽象的解釈可能だから通好み。如上の映画は無茶なカット割、変梃顔のベルモンド、キュートなジーン・セバーグの起用が意表をついて面白い。

加地秀基 / ミュージシャン
「気狂いピエロ」
僕にとってゴダール映画との記念すべき出合い作品。そしてゴダールの魅力が一番ギュッと詰まっていて、きっと永遠にキラキラと輝き続け、永遠に切なくさせる作品だと思っています。とにかく最近でもDVDで頻繁に見返しています。

浦野玲子 / コピーライター
「ウイークエンド」
30年くらい前に見ています。(日本での上映契約解除寸前かな?)ずっと再上映されずに残念でした。えんえんとつづく地獄絵図のような路上のありさま。アパルトマンの窓から下をみやるミレーユ・ダルクの視線etc
etc. ゴダールは映像の人。目(視界)を切り裂く人だと思います。

石塚完次 / テレビ朝日 やじうまワイド
「勝手にしやがれ」
これを観たのは、中学生か高校生くらいの時でした。それ以前まではハリウッドの娯楽大作ぐらいしか観てなかったので、かなりビックリしたのを憶えています。はっきりしたストーリー展開もなく、しかし、哲学的なセリフは妙に印象に残っていて。なによりもゴダールに触れたことで、一歩、映画好きに近づいたような気がしました。

浅田彰 / 評論家
「JLG/自画像」
JLGによるJLG――ごくごくプライヴェートなこの映画が、映画史全体を呑み込むような広がりをもつとは! 『映画史』と並行して撮られたいくつかの小品のうち、『新ドイツ零年』と並ぶ紛れもない傑作である。

野島孝一 / 映画ジャーナリスト
「ゴダールの決別」
「ン?」

永滝達治 / フレンチ狂家元
「はなればなれに」
ゴダールは多くを語る、又、多くの人がゴダールを語る。しかし、私にとってゴダールは、いつもカッコ良さを求めるカッコええ人です。「はなればなれに」は、マジソンダンス全盛時にルグランのジャズ風の音楽であのダンスシーンを撮ることが目的だったような気がしてならない。60年代はインテリも流行もカッコ良さの一条でしたね。

十四代今泉今右衛門 / 陶芸家
「気狂いピエロ」
各カット・カットの美しさ、ラストシーンの赤・黄・青の色の対比、音、すべてに学生の頃の私は感動を覚え、何はともあれ恰好良く生きなきゃという思いを戴かせてくれた作品です。

河原畑寧 / 映画評論家
「映画史」
DVDの「映画史」を入手して“私のゴダール”にしようと浅墓なる考えを抱いたのですが、“私の”ものにするのはしょせん、無理なようであります。

中澤英行 / 一般試写会にて
「気狂いピエロ」
青春時代に初めてゴダールと出会った。最高に刺激を受けた作品です。

柳真理子 / 一般試写会にて
「勝手にしやがれ」
「ゴダール」この重い響き。“映画”そのもののような有名すぎる名前と、フランスという国への劣等感で、作品を見る前は憂うつでした。しかし、初めて見たゴダールの「勝手にしやがれ」は生き生きとして、それ自体が一つの生きもののようで、新しいものでした。

小林千鶴 / 一般試写会にて
「軽蔑」
あのまったりした不思議なテンポと美しい海と音楽が頭から離れません。

中村浩之 / 一般試写会にて
「愛の世紀」
私はゴダールが使う音楽がすきで、この映画の音楽がとても印象に残っています。ルネッサンス時代の音楽とは、こんなにも今響くのかと感動しました。またカラーになった時の美しい映像の波にも心に残っています。この映画は、ゴダールにとって一番美しい映画だと思います。

go=cuco / 一般試写会にて
「アルファヴィル」
話の内容が素晴らしかった。現実でいえば当たり前の事かもしれないが、当たり前すぎて忘れている事。一番、映像の裏側にある、何かが伝わってきた作品だったと思う。独断ではあるけど、何が良いとかではなくて何か良かった。鳥肌がたった。

タムラ スミエ / 一般試写会にて
「気狂いピエロ」
父がゴダールが好きで、私にすすめてくれてものです。映像、物語、詩が今から35年も前というのに、おとろえることなく、輝いていて、刺激的でした。まだまだ、わからない所も多いけれど、ゴダールは私にいろんな物や出会いをくれるびっくり箱です。

あさ / 一般試写会にて
「ウイークエンド」
最近みたので。面白かったです。

ナベヲ / 一般試写会にて
「女は女である」
“悲劇でなくむしろ喜劇”といって、小さな輪にしぼって描かれているところが好き。作中に出てくる言葉遊びとか(映画の名前をいいあったり)、どこかのシーンにあった、表情の止まったアンナ・カリーナの顔。それでもなんだか生きていく現実が、いいと思うのです。

和田剛 / 一般試写会にて
「フレディ・ビュアシュへの手紙」
1984年に「カルメンという名の女」の併映作品として観ました。ローザンヌの美しい光景とラヴェルの“ボレロ”とゴダールのナレーションによって綴られた濃密な12分間に、身体が宙に浮くような、不思議な感覚になったのを今でも憶えています。

石山倫子 / 一般試写会にて
「中国女」
視覚的に斬新で心地のよい感じが今でも残っています。音楽も突発的でおもしろかったです。

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