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JLG/自画像
 「JLG/自画像」は「ゴダールの決別」(93)に続いて35mmで製作された劇場用映画で日本初公開。中断していた大作「映画史」を2Aの章から再開したのと並行しての作品だ。全編が詩の美しさで展開する傑作だが、題名にジャン=リュック・ゴダールのイニシャルであるJLGを冠しているように、ゴダールが自らを対象として世界を描こうとする新たな挑戦の意欲作だ。自伝ではない、肖像でもない、自画像だとゴダールは言う。原題は“JLG/JLG”。副題として“12月の自画像”とあるように、撮影は93年の冬から翌年の春にかけて行なわれた。この映画はドキュメンタリー映画と呼ぶにはフィクションが随所に入っていて、ジャンルでくくるのは容易ではない。さまざまな要素がポエジーで自由に飛翔して渾然と一体化した映画で、ゴダールが言うように<自画像映画>というジャンルで呼ぶほかないのかもしれない。ゴダール自身は、自画像について次のように定義している。

 《自画像は絵画ではわりと普通にあるジャンルだが、文学ではそれほどではない。文学では自伝、回想、メモワールや死後のメモワールなどがあるだけです。映画では、実際には不可能なジャンルです。私は自分が知らないところに行くのが大好きなので、映画における自画像とは何でありうるのか知りたかった。映画はどこまでいけるものなのか、そして、映画はどこまで自分を受けいれてくれるものなのか。》

 スタッフ・キャストとも少数構成で、撮影のイヴ・プリガンはゴダール作品は初めてだが、室内撮影も湖畔や山奥の風景も息をのむ美しさだ。録音は「新ドイツ零年」「ゴダールの決別」に続いてのピエール=アラン・ベス。共演者では、盲目の編集助手にジュヌヴィエーヴ・パスキエ。タネールの「ローズヒルの女」やアンヌ=マリー・ミエヴィルの『ルー・ナ・パ・ディ・ノン』に出演しているスイス女優だ。ラストシーン直前に山奥でひとりオウィディウスの<変身物語>の終章をラテン語で朗誦しているのはエリザベート・カザ。なぜかゴダールのコートを尻に敷いて朗誦し(オウィディウスの原文でローマとなっている覇権の国をアメリカと言い換えている)、とりかえそうとするゴダールをおいて悠々と立ち去る貫禄ぶりがおかしい。特別出演は、ゴダールの思想調査に来る映画局の査察官3人組に、チーフ役が映画雑誌<ポジティフ>をベースに活躍する批評家ルイ・セガン、蔵書を調査する係官が映画史家で京都映画祭や山形ドキュメンタリー映画祭に審査員として来日もしているベルナール・エイゼンシッツ、映像関連を調査する係官は映画作家に関するドキュメンタリーの名手で、「勝手にしやがれ」いらいゴダール映画に数多く特別出演している評論家アンドレ・S・ラバルト。

 音楽はベートーヴェンの弦楽四重奏曲と第七交響曲、ヒンデミットの<葬送音楽>、アルヴォ・ペルトの<ミゼレーレ>が、映像とあいまって、まるでこの映画のために演奏されたかと思わせるほどだ。

 製作は「右側に気をつけろ」(87)の大手ゴーモン。冒頭で電話が鳴るのは「右側に気をつけろ」と同じで、ゴダールが映画の注文を受けたと思わせる。レオン・ゴーモン(1863-1946)が1895年に創立したゴーモンは、「映画史」の制作再開をサポートしつつ、1995年の映画生誕百年と自社の創立百年記念のために、ゴダールに思うがままの作品をと制作を委嘱し、ついに画期的な映画が誕生した。完成とほぼ同時の94年横浜フランス映画祭で特別上映され、フランスでは映画誕生を祝う95年に一般公開された。日本での劇場初公開にあたっては、特別に浅田彰氏の監修を仰いだ。


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