フレディ・ビュアシュへの手紙
LETTRE A FREDDY BUACHE
ジャン=リュック・ゴダール監督作品
監督・脚本 ・・・・・・・・・・・・・・・ ジャン=リュック・ゴダール
撮影 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ジャン=ベルナール・ムヌー
編集 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ジャン=リュック・ゴダール
音楽 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ モーリス・ラヴェル
録音 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ フランソワ・ミュジー
1981年スイス映画/製作&(c)=SONIMAGE + FILM ET VIDEO PRODUCTIONS/
イーストマンカラー/1巻、307M、1×1.37、12分/字幕=柴田 駿
「フレディ・ビュアシュへの手紙」は、スイスのローザンヌ市創設500年記念映画として、市の発註でつくられた、ゴダール1981年度製作の短篇映画。短篇とはいえ、ゴダールの場合、すでに60年代から、長篇と長篇の間で、前作の熟省と次作への展開をさぐる羅針盤のようにつくられていて、密度は常に濃すぎるほど濃い。
ゴダール映画でタイトルに登場してご本人が照れに照れたフレディ・ビュアシュ氏は、ローザンヌのシネマテークの創始者で1996年まで館長をつとめ、アンリ・ラングロワ(1914〜1977)なき後、世界のシネマテークで最も信頼され最も親しまれ、著書も数々ある人だ。この映画でイヴとゴダールが呼んでいるのは、『ささやかな遁走』ほかで知られるスイスの監督イヴ・イェルサン。
ゴダール自身スイスとフランスで育ち、ヌーヴェル・ヴァーグの旗手としてパリを舞台に活躍した60年代から、70年代にパリを離れてグルノーブルに移って工房 SONIMAGE を作り、さらにスイスのロールに居を移して<中心>から<周縁>への動きを鮮明にして、<ペリフェリア>(周縁)と名付けたプロダクションをロールとパリにおいて主な製作プロダクションにして活動を続けている。「フレディ・ビュアシュへの手紙」は、映画大陸への帰還と呼ばれる80年代の活動再開を明るく告げた作品。日本初公開は1985年にシネヴィヴァン六本木でフランス映画社配給、「カルメンという名の女」と併映。
配給=フランス映画社 |