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アヌーシュカ・フィルム結成の最初の長編製作の「はなればなれに」は、そんなタブー破りの、ヌーヴェル・ヴァーグ精神の結晶だった。クタールは80年代に「パッション」、「カルメンという名の女」でゴダールに請われてゴダール映画に復帰し、86年には「マックス、モン・アムール」で大島渚監督とコンビを組み、以後、「厚化粧の女」(90、ジョゼ・ピネロ)、「愛の誕生」(93) など、フィリップ・ガレル作品で活躍を続けている。 |
撮影のラウル・クタール(写真) は「勝手にしやがれ」から「ウイークエンド」まで、59年から67年までのゴダール全長編を撮影し、アンリ・ドカと並ぶヌーヴェル・ヴァーグの撮影監督の双璧。監督作品にも、70年ジャン・ヴィゴ賞受賞の『ホアビン(平和)』がある。クタールはすべての功績をゴダールに譲るが、モノクロームであれカラーであれ、ゴダールが1作1作でそれまでタブーとされた技術的条件を敢然と破るのを緻密な技術的計算で前進させ、同時に、少数精鋭の小人数スタッフが即興精神で作る大きなバックボーンとなった人だ。「はなればなれに」は、霧にけむりがちな冬のマルヌ川沿いの外景も、白い壁がハレーションを起こしそうな屋敷の内景も、バランスを崩す危険を覚悟で、イルフォードXXの限界を平気で超えて、手持ちのアリフレックスで生き生きと新鮮に撮った。その成果は美しい限りだ。録音のボンファンティも編集のアニエス・ギユモも、「はなればなれに」で、常識は破られるためにあると、随所で従来ならタブーの領域に突入して、みごとな成果をあげている。 |
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