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アンナ・カリーナは「はなればなれに」の撮影当時23才。可憐さいっぱいに、誰もいない道を右に左に手信号を出して自転車でスーイスーイと走る。ゴダールが自ら書いた登場人物紹介によれば、≪オディールは19世紀の英国ロマン主義の直系として登場してくるが、その前世紀のドイツ古典主義の血もひいている。天真爛漫な心優しいみつくちの<サーン>と、自然を好む<親和力>のオティリエと、呪われて傲慢にふるまう薄幸の<テス>が完璧以上に合体しているのだ。……ある1分間、オディールは<オルヴェ>(55、演劇、ジャン・ルノワール作・演出)や「リリー」のレスリー・キャロンだが、突然、「夜の人々」のキャシー・オドンネルになり、ある3秒間、「小間使」のジェニファー・ジョーンズのように川沿いを自転車で行き、唐突に、運命は彼女をフリッツ・ラングのあの不朽の映画のシルヴィア・シドニーのように泣きくずれさせる。≫

1940年9月22日デンマーク、コペンハーゲン生まれ。父は軍人で、母は洋裁学校を営んでいた。17歳で主演した短篇が59年カンヌ映画祭で注目を集め、パリに出てピエール・カルダンのマヌカンとして活躍を始めた(“アンナ・カリーナ”はココ・シャネルがつけた芸名だという)。石鹸のCM映画で彼女を見たゴダールから「勝手にしやがれ」の端役での出演依頼を受けたが、私はヌードにはなりません、と断った話は有名。翌年「小さな兵隊」に主演。続く「女は女である」でベルリン映画祭女優賞を受賞して61年にゴダールと結婚。「女と男のいる舗道」の後、ゴダールとアヌーシュカ・フィルムを設立して(アヌーシュカはアンナの愛称)、「はなればなれに」で出発。64年に離婚した後も、「アルファヴィル」「気狂いピエロ」とゴダールのミューズとして輝き続け、「メイド・インUSA」「未来展望」までゴダールの長短編8本に主演。ゴダールとともに出演したヴァルダの「5時から7時までのクレオ」(61)、ヴァディムの「輪舞」(64)、リヴェットの「修道女」(65)、ピエール・コラルニクの「アンナ」(65、TV)、巨匠ヴィスコンティの「異邦人」(68)、リチャードソンの「悪魔のような恋人」(69)、ファスビンダーの「シナのルーレット」(76)、アンドレ・デルヴォーの「黒の過程」(88)、リヴェットの「パリでかくれんぼ」(94) など国際的な名女優としての活躍が続いている。71年には舞台出演も始め、73年には初の監督作品(製作及び脚本も)『VIVRE ENSEMBLE』がカンヌ映画祭の批評家週間に選ばれ、そのノーヴェライゼーションから作家活動にも入った。ピエール・ファヴル、ダニエル・デュヴァルとの結婚離婚の後、ジーン・セバーグの夫だったデニス・ベリーと再婚。ベリーが監督した音楽映画『LAST SONG』(86) で出演し脚本も書いた。97年ゆうばり映画祭で審査委員長として来日。2000年7月にはカトリーヌとのコラボレーションで歌手として再来日し、各地のコンサートで若いファンを魅了。ヌーヴェル・ヴァーグ永遠のヒロインだ。
 

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